隼人駅から日当山駅までまち歩き

鹿児島神宮はかつて大隅正八幡宮とも呼ばれ、古くから信仰されてきた。その神宮を中心にして、隼人駅から日当山駅にかけては、まさに歴史の宝庫といえるだろう。特に、神宮下を流れる宮内原用水路沿いは、桜の季節には花見も楽しめる歩きやすいコースになっている。また、日当山は温泉でも有名で、幕末期から明治にかけては西郷隆盛も訪れた温泉として知られている。これらをつなぐコースである。

①宮内の田の神

凝灰岩に表情ゆたかに彫られた田の神像は、旧歴の5月5日に近い日曜日におこなわれる鹿児島神宮のお田植祭りでは主役になる。造立は天明元(1781)年で、右手にめしげ、左手に椀を抱えた神舞型の石像。目の前の田んぼは、神宮の御神田にあたる。

②鹿児島神宮

御祭神はヒコホホデノミコトなどで、古くは大隅正八幡宮などと称されている。鹿児島神宮の文献「延喜式」には鹿児島神社とあり、薩摩・大隅両国の神社のなかでは唯一の大社。もともと「鹿児島」は現在の桜島をさす語といわれ、社殿も桜島に向かって建てられていることから、自然神崇拝に基づいた信仰の特徴も示している。現在の社殿は宝暦6(1754)年の島津重豪によって再建されたもので、勅使殿などとともに県の有形文化財に指定されている。

③宮坂貝塚

縄文時代には、この付近に海岸線があった。この貝塚は縄文早期のものとされていて、はまぐりやかき・あさりなどの貝類が出土している。また石製の矢じりや鹿の角、土器の破片なども確認されていて縄文期の生活を知る貴重な貝塚のひとつである。

④石体神社

「オシャッテサー」とも呼ばれ、安産の神様としても知られている。境内の石灯篭には、安産の護符となる小石が積み上げられていて、お産の前にお参りして、その石をひとつ持って帰り、無事お産が済んだら、今度はふたつおさめるという風習がある。

⑤なげきの社・蛭児(ひるこ)神社

蛭児神社周辺を社と呼んでいる。イザナギノミコトの子供である蛭児神が、天盤樟船に乗って漂着した場所がここと伝えられている。蛭児神社の御祭神でもあり、また神社は二之宮大明神とも号している。

⑥西郷どんの宿

慶応年間から湯治に訪れていた西郷隆盛が、宿泊していた家を復元したもの。元々の場所は温泉街のなかにあって龍宝家のものであった。西郷は、この地において温泉入浴はもちろんうさぎ狩りや魚釣りなどを楽しんでいた。

 

 

 

 

 


東川隆太郎 プロフィール

【職歴・略歴】

東川隆太郎NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会代表理事。「まち歩き」を活動の中心に据え、地域資源の情報発信や、県内及び九州各地での観光ボランティアガイドの育成・研修、まちづくりコーディネートなどに従事する、自他ともに認めるまち歩きのプロ。
主なテーマは、地域再発見やツーリズム、さらに商店街やムラの活性化など。講演活動、大学の非常勤講師などを通しての持論展開のほか、新たな地域資源の価値づけとして「世間遺産」を提唱するなど、地域の魅力を観光・教育・まちづくりに展開させる活動に従事している。1972年鹿児島市生まれ。鹿児島大学理学部地学科卒。

2014-10-01

カテゴリ:いっぺこっぺさるこうかごしま

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