鹿屋の中心市街地に意外な街の魅力を訪ねて

谷合に中心市街地がある鹿屋市には意外と知られていない歴史物語がたくさん。それらは歩いてみないと気づかないことも多い。鹿屋は戦国時代に伊集院氏によって形成されたのが本格的な街づくりのはじまりでもある。お食事や買い物で訪れることもある街のストーリーをじっくり楽しんでみましょう。
鹿屋市:距離(1.6キロ):所要時間53分】 

①旧鹿屋駅(スタート)

現在の鹿屋市役所は、昭和62(1987)年に廃止されるまで、国鉄大隅線の駅があったところ。大隅半島の中心駅ということもあり、ホームや線路も立派で、乗降客で賑わう駅だったが、名残を市役所の横にある鉄道記念館に譲るかたちで、失われてしまった。開通は大正4(1915)年のことで、ここ鹿屋と高須間の8.7キロでの営業だった。開通当時の駅は街中にあったが、市街地の拡大とともに、現在の場所に移されることになった。

②島津久信記念碑

中央公園には島津久信の墓があったことを示す記念碑である。この人物は、様々な言い伝えを鹿屋に残した領主で、泣く子も黙る「相模様(さがんさあ)」として恐れられていた。領民に対する振る舞いは、この場では語れないほどのものだが、史実であるかは定かでない。それだけに、亡くなってからも恐れられたとみえ、そのことは、墓が元来のゆかりの地である垂水に移設されても記念碑が建てられたことから伝わってくる。

③熊野神社

武道館の裏側には熊野神社がある。あじさいの季節には参道が美しく演出される神社には、市指定の天然記念物がある。樹齢は約300年、樹高が約20メートルはあるイヌマキである。その樹に守られるような神社は、御祭神がイザナギノミコトなどで、棟札などから応永35(1428)年には、すでに神社は建立されていたようである。

④古前城町

古前城町は、江戸時代に鹿屋郷だった頃の郷士の居住区・麓であった。他に打馬町あたりも麓にあたる。赤茶けた荒平石と呼ばれる溶結凝灰岩によって形成された石垣が連続し、市街地にこんな場所があったのかと思わせてくれる。麓の家々は鹿屋以外の地域から移住してきた事例が多く、特に垂水からの江戸期に移住してきている。

⑤愛宕神社と住吉神社

麓に隣接する丘の上には、愛宕神社と住吉神社がお祀りされている。くすの大木に囲まれ、地域にとって大切な場所であることを空間が伝えてくれている。地域にとって大切な場所で、愛宕神は元来戦の神様として信仰されていて、どこも小高い場所にお祭りされる場合が多い。住吉神社は漁業関係で信仰されることが多く、また商売や産業にもつながる地域に祭られることもある。

⑥本町

本町のあたりは、江戸時代には六斎市として、4と8のつく日に市が立っていた。また場所は不確かだが、現在繁華街となっている地域は、清酒造りで有名な場所でもあった。銘柄は「桜川」と呼ばれ、琉球王によって命名されている。鹿児島といえば焼酎だが、江戸時代は身分の高い武士などは清酒を飲んでおり、醸造も藩内でなされ、鹿屋では木下家がその役割を担っていた。

 

 

 

 

 

 

東川隆太郎 プロフィール

【職歴・略歴】

東川隆太郎NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会代表理事。「まち歩き」を活動の中心に据え、地域資源の情報発信や、県内及び九州各地での観光ボランティアガイドの育成・研修、まちづくりコーディネートなどに従事する、自他ともに認めるまち歩きのプロ。
主なテーマは、地域再発見やツーリズム、さらに商店街やムラの活性化など。講演活動、大学の非常勤講師などを通しての持論展開のほか、新たな地域資源の価値づけとして「世間遺産」を提唱するなど、地域の魅力を観光・教育・まちづくりに展開させる活動に従事している。1972年鹿児島市生まれ。鹿児島大学理学部地学科卒。

2015-09-28

カテゴリ:いっぺこっぺさるこうかごしま

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